(写真)インタビューに応じたテリー・ライト氏がインスタグラムへ投稿したコメントは、大きな反響を呼び、パネルディスカッション「沈黙を止めよう・暴力行為を止めよう」のきっかけとなった。
米中西部ミネソタ州ミネアポリス近郊で5月、逮捕時に白人警官から暴行を受けた黒人男性が死亡した。このことをきっかけに、黒人をはじめとする人種差別に対する抗議活動が世界中に拡大している。日本でも6月14日に3500人を超える人が東京・渋谷周辺で人種差別撤廃を訴えたのをはじめ、各地でデモが行われている。
そんな中、一般的には「黒人」と呼ばれる「アフリカ系米国人」にまつわる問題や歴史を日本人に理解してもらうためにパネルディスカッションが開催された。主宰しているアフリカ系米国人のプロダンサーで在日15年目の「ブルックリン・テリー」ことテリー・ライトさんに日本でパネルディスカッションを開くことの意味について聞いた。(ジャーナリスト、共同通信特約=寺町幸枝)
▽ブラック・ライブズ・マター
抗議活動の発端となった暴行事件について振り返っておきたい。
5月25日、ミネアポリスの中南部にあるパウダーホーン地区で偽札を使おうとした人物がいるとの通報を受け駆け付けた白人警官にアフリカ系米国人男性ジョージ・フロイドさんが拘束された。フロイドさんは8分46秒にわたり警官の膝で首を地面に押し付けられ、死亡した。
フロイドさんが「息ができない」と訴える様子を撮影した動画が拡散したことで、差別だとの非難が噴出。警察は当初、フロイドさんが拘束時に「抵抗した」と説明。だが動画の状況とは明らかに異なり、警察不信を強める結果となった。関与した警官4人は免職となり、殺人容疑などで訴追された。
翌26日には現場近くで数百人が「息ができない」などと書かれたカードを掲げて抗議した。抗議活動は瞬く間に全米へ拡大。そして、日本を含む世界各国にも広まっている。
抗議デモで広く使われているのが「ブラック・ライブズ・マター(アフリカ系米国人の命も大事だ)」というスローガンだ。
米国の黒人男性暴行死事件を巡り、メッセージを掲げデモ行進する女の子=6月7日午後、大阪市
▽関心があるのは「形」だけ
テリーさんもフロイドさんの死を悲しみ、憤りを覚えている。
テリーさんはニューヨークのブルックリン出身。1990年代から活躍しており、ヒップホップやハウスというダンスのジャンルでは知らない人がいないほどの世界的名ダンサーだ。マライア・キャリーやウィル・スミスといった大物エンターテイナーともたびたび共演している。現在は世界各国から招待を受けてダンスレッスンを行うほか、コンテスト審査員なども務めている。
テリーさんは2006年に日本に移り住んだ。日本人ダンサーと結婚したことがきっかけだった。以来、東京を拠点に活動している。
「日本に移ってから、自分の命が脅かされる危険からは解放された」。テリーさんはそう話す。この言葉は米国におけるアフリカ系米国人が直面する日常を如実に表している。
テリーさんはダンスレッスンを通して世界中のさまざまな人種の人たちと対話してきた。そして、日本人には一つの特徴があることに気づいた。
ヒップホップ・ダンスの本質に関する「興味の低さ」だ。ダンスの振り付けは覚えようと懸命になる。一方、ヒップホップ・ダンスを生み育てたアフリカ系米国人たちの文化や歴史、置かれている社会問題などについてはまるで存在していないかのように関心を持とうとしないのだ。
背景や歴史をなぜもっと知りたいと思わないのだろう。テリーさんはいぶかしがる。
そこで、アフリカ系米国人に対する日本人の理解を深めることを目的にしたオンラインのパネルディスカッション「Break the Silence,Break the Violence(沈黙を止めよう・暴力行為を止めよう)」を開くことにした。
「ダンスや音楽など現在のポップカルチャーの少なくない部分はアフリカ系米国人がストリートで生み出してきた。ところが、現実はそのことを理解しない人が多い。そればかりか、アフリカ系米国人よりも多く経済的な恩恵を受けている。とても辛いことだ」
テリーさんが残念そうに話した。
テリーさんがインスタグラムに投稿した文章。これがパネルディスカッション「沈黙を止めよう・暴力行為を止めよう」のきっかけとなった。
▽「Nワード」
テリーさんによると、人種差別について語る時に絶対に忘れてはならないことがある。「カルチュラル・アプロプリエーション(文化の盗用)」だ。
6月3日に開かれたオンラインパネルディスカッションでは、「文化の盗用」の一例として日本人DJたちが作ったポスターを挙げられた。そこには「Nワード」と呼ばれる、一般的には差別用語に分類される文字が堂々と書かれていた。
参加したパネリストたちは、いずれも芸術の表現者として経済的に成功を納めた社会的にも一目置かれる人ばかり。その彼らが異口同音に「日本人は、Nワードを絶対に使うべきではない」と訴えた。
アフリカ系米国人のコミュニティー内で「親近感を表す表現方法」としてNワードが使われることが少なからずあるのは事実だ。とはいえ、日本人が安易に使っていいわけではない。差別的な表現だからなのは言うまでもない。Nワードはアフリカ系米国人の間でも使用について賛否が分かれるなど非常にデリケートな言葉でもあるのだ。
このような背景を学んでいない日本人がNワードを使うことは文化の盗用に当たる可能性がある。ここでいう文化の盗用とは、自分が属していない社会や民族の伝統や風習などの一部だけを切り取ってまねるという行為を指す。事実、英語のアプロプリエーションには「横取り」や「私物化」などの意味がある。
同時に、まねられた側が不快な思いをするかもしれないという配慮や想像力が欠落している証拠だとも言えるだろう。
▽求められるのは「敬意を払う」こと
このような批判に対しては「リスペクトしている」などとする反論が起きる可能性がある。だが、その言葉や表現が生まれた背景を知らずしてリスペクトしていると言えるのだろうか?
絶対に違う。
日本でも出版されているロングマン現代英英辞典はリスペクトの意味について「尊敬」とともに次のように記している。
「the belief that something or someone is important and should not be harmed,treated rudely etc」
和訳すると「他者は価値があるものであって、傷つけたり、ぞんざいに扱われるべきでないと信じること」となる。日本語の表現で最もしっくり来るのは「敬意を払う」だろう。言葉だけのリスペクトではないことは言うまでもない。
文化の盗用は、日本人に限らない。米国内ではタレントが入信していない宗教の風習をまねて抗議されたり、白人の女性歌手が先住民のネーティブアメリカンの伝統衣装をミュージックビデオで着用して非難されることが起こっている。
テリーさんは「もし私たちの文化を自分の一部として取り入れようと思うなら、アフリカ系米国人が歩んできた歴史と現状を学んでからにしてほしい」と願っている。
白人警官による黒人男性暴行死事件に抗議するデモに参加したNBAウィザーズの八村塁(左端)=6月19日、米ワシントン(UPI=共同)
▽日本人に欠けているもの
文化の盗用に対する考え方について、より理解を深めたい―。そう考えた筆者は、さらなる説明を求めた。すると、テリーさんは30年ほど中国武術をやっている米国人の友人を例に教えてくれた。
その友人は中国武術を習ううちに中国の文化や歴史にも興味を持つようになった。今では何でも知っているレベルに至ったそうだ。「異文化を理解する際に最も大切な深みを追求する点が、今の日本人には欠けているように感じる」とテリーさん。
今回の抗議活動をきっかけにアフリカ系米国人が置かれている現状に興味を持った人も少なくないだろう。ならば、日本社会に根付いている米国文化はアフリカ系米国人にもルーツがあるということを学び、知るべきだ。そして、格好やしぐさといった表面的なことを模倣することは誰かを傷つける恐れがあることを強く意識しなければならない。
そう。形をまねるだけでは駄目なのだ。
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