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支援は限界、難民危機の最前線


国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、2015年初頭から10月末までに地中海を経由して欧州に流入した難民は約70万人。約56万人がギリシャへ、約14万人がイタリアへ漂着した。まさに難民流入の最前線となっているギリシャだが、深刻な経済危機のもとで、難民の救助や搬送、密航業者の摘発、水や食料、仮住居の提供などの負担は重く、支援は限界に達しているという。

アテネ都心のヴィクトリア広場で支援団体と話す難民の家族

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アテネ都心のヴィクトリア広場で支援団体と話す難民の家族

増え続ける難民流入

シリアに隣接するトルコは、国内に約200万人の難民を抱えている。しかし彼らの多くは十分な支援が得られず、身の安全と経済的安定を求めて、最終目的地にドイツなどを最終目的地と定め、欧州へ渡る決断をする。トルコの密航業者に1人当り約1000ユーロ(約13万円)を支払い、粗末なエンジン付のゴムボートでエーゲ海に漕ぎ出し、ギリシャの島を目指すのだ。しかし途中でボートのエンジンが停止して遭難したり、大幅な定員超過で転覆するといった事故が相次ぐ。

ギリシャの沿岸警備隊は日々、遭難した船を見つけては、漂流する人々を救助し続けているが、命を落とす難民は多い。トルコの海岸に打ち上げられた幼い少年の哀れな溺死体は、世界中に大きな衝撃を与えた。しかしその後もギリシャの島を目指し、決死の覚悟で海を渡る難民の数は減らない。

2015年9月にロシアがシリアで空爆を開始した後、被爆地周辺の約10万人が欧州に向かった。10月最後の週末だけで、約9500人の難民がギリシャに到着。10月の1か月間では、レスボス島に約9万9000人、ヒオス島に約2万2000人、サモス島に約2万1500人、レロス島に約7500人が漂着。その他の地域も合わせ、約16万人の難民がトルコからギリシャへ流れ込んだ。

冬季になっても海を渡る難民の数は減るどころか増加傾向にある。11月のパリの同時多発テロ事件を受けて、欧州各国が難民の受け入れ抑制に動いているからだ。

大量難民に処理能力の限界

ギリシャに上陸した難民は欧州を北上していく。しかし難民を乗せたボートは次々とギリシャにやってくる。沿岸警備、難民の保護と搬送、水や食料、収容施設の提供、ゴミ処理など多大な費用がかかる。

ギリシャは観光立国だ。夏季の島々はバカンス客で賑わう。筆者も過去に滞在したことのあるレロス島で、飲食店等を経営するタソスさん(35)に話を聞くと、「島の人口とほぼ同数の難民が押し寄せ、役所や警察は手続きで手一杯。島民や支援団体が物資から医療までサポートしている。着のみ着のまま逃げてきた彼らは本当に気の毒だが、彼らが残していく大量のゴミは観光で生きる島にとって大問題。ゴミ収集車が絶え間なく動き、島民は総出で掃除をしているが追いつかない」と疲れた声で語った。

パリのテロでは、スタジアム周辺で自爆した容疑者1人が、難民に紛れてレロス島を通過して欧州圏に入っていた。かねてからIS(イスラム国)は、多くの工作員を難民に紛れ込ませたと発言していた。

難民の登録手続きは、欧州連合(EU)の法律により、最初に登録した国がその審査決定に責任を負う。しかし難民が続々と漂着するギリシャの島は、常に混乱状態だ。地元警察だけでは対応しきれず、アテネから多くの人員が派遣されている。UNHCRが登録手続きを行っている島もある。しかし毎日数千人もの難民が押し寄せれば、登録だけでも処理能力を超える。必死で窮状を訴える人々の中から、偽装難民を見分けるのはほぼ不可能な状況だ。

難民が不法移民に

昨年から難民危機が世界的に報道されている。しかし地理的に欧州の玄関口となるギリシャには、以前から中東やアフリカなど、貧困や身の安全が危ぶまれる国から逃れてきた人々が流入していた。

内戦状態の国からの難民は保護するよう、国連より要請を受けてはいるが、ギリシャ政府も全員を難民として認定はできない。認定されない人は不法移民としてそのまま住み着く場合も多く、大勢の不法移民がビザを求めてアテネ大学を占拠したこともある。その間、学生たちは授業を受けられず、政府が大型バスを用意、占拠していた人々を他の施設に搬送した。

難民のなかには犯罪者も紛れている。2011年の春、アテネ市内で、産気づいた妻を産院に連れて行こうとしていた40代のギリシャ人男性が、肩にかけていたビデオカメラを不法移民の男の3人組に奪われ刺殺されるという悲惨な事件が起きた。アフガニスタン国籍の犯人らは逮捕されたが、常習的に強盗を繰り返していたと見られている。

2012年の夏には、パロス島でギリシャ人の15歳の少女が携帯電話を奪われ、暴行され、意識不明の状態で発見された。犯人はパキスタン国籍の不法移民の若い男で、事件から数日後、逃走先のアテネで逮捕された。被害者の少女は長い間、意識不明の重体で、わずかに回復を見せつつも、いまだに入院して治療を続けている。

不法移民でも清掃業や工事現場などで真面目に働く人も多い。しかし深刻な経済危機にあるギリシャで、仕事がなく窃盗や強盗などに走る者も後を絶たない。

もともとギリシャは貧困から逃れてきた不法移民を受け入れることに寛容で、ボランティアの人々が、ギリシャ語習得などの世話をする活動が盛んな国だった。しかし近年は自国の経済危機により、ギリシャ人も失職して貧困層が増大している。

不法移民による犯罪増加を背景に、過激な移民排斥思想を掲げる極右政党「黄金の夜明け」は、ここ数年で徐々に支持を伸ばしてきた。パリのテロ事件後、「黄金の夜明け」の支持率が上昇する傾向はなかったが、ギリシャ議会では第3党の位置につけている。

全世界で取り組みを

夏の間、アテネ都心のアレオス公園には多くのテントが設置されていた。滞在していた大半の難民は既にギリシャを出国したが、乳幼児などを抱える家族が南の郊外に建てられた約100棟の仮設住宅(約600人収容)に滞在する。2016年中にはアテネ近郊に更に2か所、北部の都市テッサロニキ周辺や島々にも仮設住宅群が用意される。

ギリシャやイタリアは、数年来、EU圏の国々に、難民の振り分けや保護基金の設立などの分担を求めてきたが、他の加盟国はこうした要請に応じなかった経緯がある。

しかし中東や北アフリカのイスラム社会で起きた「アラブの春」と呼ばれる反政府運動により、難民問題は深刻化。更にシリアの内戦激化で、周辺国に逃れた難民は400万人以上となった。危機に直面し、EUはついに加盟国間での難民振り分けや保護の資金提供を決定し、統括的な対応を開始した。2015年11月、EUはトルコに対しても、30億ユーロ(約3900億円)の資金提供を決定。トルコ国内の難民の生活を改善し、欧州への流入を抑制するためだ。しかし2016年は更に多くの難民が押し寄せるとの観測もあり、予断を許さない。

難民が集まるアテネ都心のヴィクトリア広場で、支援活動をするギリシャ人大学生のエレナさん(21)は語る。「以前、難民問題は欧州において主にギリシャやイタリアだけのものでした。今は欧州全体の大問題です。ここまでの事態になったのは国際社会が無関心だったせいもあると思います。難民危機は全世界で取り組むべき問題ではないでしょうか」と話した。

月刊「連合」2016年1月号 掲載記事 (発行元:日本労働組合総連合会)


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