(写真)今年2月27日、テキサス州での予備選を前に行われたバーニー・サンダース氏の政治集会。保守色の強いレッド・ステイトに、7000人以上の聴衆がおしよせた。
米国の大統領候補者指名選挙で、大きな「地殻変動」が起きている。保守本流として名乗りを上げた共和党候補らは早い段階でことごとく脱落。民主党でも幅広い支持と潤沢な資金で候補者指名を確実視されるヒラリー・クリントン元国務長官を横目に、バーニー・サンダース上院議員が若年層から熱狂的な支持を集め、予想外の展開が続いている。
既存の政治体制にNO!
当初は泡沫候補とさえ思われていた不動産王のドナルド・トランプ氏が今や共和党予備選に残った唯一の共和党指名候補者となった。一方、民主党サイドでも、ヒラリー・クリントン氏が絶対的な優位を保つものの、資本主義を尊ぶ米国で「民主社会主義」理念を訴え、「勝てるわけがない」と言われてきたバーニー・サンダース上院議員が今も行く先々で若年層を中心に幅広い層から支持を集めている。
予備選の早い段階では、政治評論家らは「市民はエンターテイメントとしてのトランプ氏や、もの珍しさでサンダース氏に興味を示しているが、時間がたつにつれ大統領候補者を真剣に選び始める」と言っていた。しかし今では、多くの市民がエスタブリッシュメント(既存の政治体制)に対し、「真剣にNOを突きつけている」ことは明白である。
アメリカンドリームの崩壊
一生懸命働き、住宅ローンで家を買い、子どもを大学に送る。これがアメリカンドリームへの道だと言われてきた。しかしこの数十年、米国政治は自由経済拡大の推進、労働収入よりも投資収入に有利な政策、富裕層に有利な減税と公共サービスの削減、金融緩和によりローンで消費する文化を助長してきた。この結果、今や労動者はまじめに働いても賃金は上がらず、住宅バブル崩壊で家を失い、なんとか大学に送った子ども達も学費ローンで生活苦に直面する。アメリカンドリームを目指してがんばっても、ミドルクラスやワーキングクラスは「地盤沈下」を続け、富裕層との差は広がる一方だ。
歴史的に自らを米国市民の中核と考えていた白人男性らは、マイノリティや移民におされて自分達の経済状況や社会的地位が下がったと怒りを感じ、「アメリカを再び昔のような素晴らしい国にする」というスローガンを掲げるトランプ氏に熱狂する。
一方リベラル派では、個人からの小口献金で選挙戦を戦い続け、最低賃金15ドル(約1650円)など賃金アップ、医療保険の一元化、公立大学の無料化、大型公共事業投資による職の創出、労組支援による賃金・労働条件の向上、企業や富裕層への課税強化など、誰の目にも実現は困難と思える課題をストレートに掲げつづけるサンダース氏に、若者達は希望を見出す。ヒラリー・クリントン氏は豊富な経験をもとに、サンダース氏よりも現実的な政策を提示し、それを実行できる政治力をアピールする。しかし若年層の目には、クリントン氏もまた既存の枠組みの中で動くだけの体制派の一人として映るだけだ。
放置された格差是正のツケ
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のケビン・ライクト社会学教授は最近の論文で、米国は所得格差是正について間違った議論を続けてきたと述べる。過去の選挙戦でも、格差是正の議論が本格化する前に、世論を二分する堕胎や宗教の自由、白人対黒人、女性やマイノリティの差別問題といった文化的な争点にすりかえられ、所得格差への対応は放置されてきたと指摘する。
「収入格差の問題では、教育格差の解消や女性やマイノリティの管理職への登用といった議論ではなく、いかに質の良い安定した職を増やし、労働収入をあげるかという労働政策に真正面から取り組む必要がある」と、同教授は話す。さらに、例え大学卒業者を増えても、今の労働市場は大卒者を必要とする質のよい仕事を十分に生み出していないと警鐘を鳴らしている。
今や米国では、教育を受け、一生懸命働けば、誰もが成功をつかむチャンスがあるという神話は崩れてしまった。どうすれば、アメリカンドリームに手が届く社会を再構築できるのか。2016年の大統領選挙は、自由経済拡大を最優先にしてきた米国に内省を迫っている。
月刊「連合」2016年5月号 掲載記事より抜粋、編集 (発行元:日本労働組合総連合会)