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【世界から】サウジ、映画館再開の背景 若き皇太子の改革


今年6月、10名の女性に免許証が発行された。サウジアラビア史上初のことだ(C)AL Jazeera Media Network

サウジアラビアで今年、35年ぶりに映画館が再開した。32歳のムハンマド皇太子による改革の一環で、国外でも大きく取り上げられたこのニュースは、中東在住の人々にとっても「オイルマネー」で潤うサウジアラビアに映画館がなかったという事実を再認識するきっかけとなり衝撃であった。そして、この6月からは「女性の運転」も解禁となった。戒律の厳しさからウルトラ・コンサバティブ(超保守派)として知られるサウジアラビアで今、何が起きているのか。

▼ビジョン2030

イスラム教徒の聖地メッカを有するサウジアラビアは、聖地としての確固たる地位と産油国としての財力を誇る。サウド家が代々治める王政国家は現在、1980年代以降に生まれた「ミレニアル世代」のムハンマド皇太子が実質政権を握り、石油依存型経済からの脱却を目指した構造改革を推し進めている。

改革の骨格となるのは、2030年を目標とした国家戦略「ビジョン2030」。地域内で一早く脱石油依存経済を成功させたアラブ首長国連邦(UAE)がロールモデルだ。16年に発表された当初は経済面に焦点を当てた内容であったが、社会構造を変化させる方向へとシフト。生活に根付いたより身近な改革と関心が高まり始めた。

今回のような映画館の再開は、自国民が休暇の度にドバイやバーレーンといった近隣諸国で使う数十億ドルの消費を取り戻す狙いがある。また、女性の運転解禁は、現在男性と外国人労働者に委ねられている国の労働力のうち、3分の1を女性に代える計画の一部だ。つまりは内需の拡大、国内生産消費活動の活性化が最終的な目標だ。

▼宗教色の強い国家

戒律の厳しさは行動や服装などにも及ぶ。サウジアラビアにおいて、女性は目の部分しか見えない黒いベールを着用しなければならない。加えて、女性のみでの外出は許されていない。このような女性の行動に対する制限は、国教であるイスラムの教えに関する次のような解釈に基づいている。「女性は守るべき存在であり、不特定多数が集まる場で他人の目に触れないよう配慮すべき。そして、男性同伴で外出することによって、性犯罪を未然に防ぐことができる」。これは外国人や異教徒に対しても同様で、単独旅行の女性に対して観光ビザが発給されることはまず、ない。

戒律の順守は、女性だけではなく男性にも求められる。国内では宗教警察が目を光らせていて、1日5回の礼拝時には、街をウロウロしているだけで叱咤(しった)される。アルコールを提供するお店は皆無で、個人が国に持ち込むことも禁止だ。筆者のレバノン人同僚が出張の際、ドバイ空港で購入した洋酒入りチョコレートの食べ残しをポケットに入れたままうっかり入国、3時間入国管理局で拘束されたこともある。同僚は説教されるとともに反省文を提出した後に解放された。

このように宗教色が強く、聖職者たちの見解が強大な影響力をもっているのもサウジラビアの特徴。国内の映画館も聖職者たちが「下品で風紀上好ましくない」として、海外―中でもハリウッド―の映画を禁止したことから閉館に至った。最近もサウジアラビアのテレビ局が、中東全域で大ヒットしているトルコのメロドラマの放映を打ち切ったケースがあり、娯楽にも宗教機関の目が光っていることがうかがえる。

▼次代を担う若者たち

こうした宗教的、伝統的概念が根強く残ってはいるものの、25歳以下の若い世代が人口の半数以上を占めているのがサウジアラビアの現状だ。そして、大学卒業者に占める割合は男性を上回る52%と、女性の教育レベルは飛躍的に向上している。ところが、彼女らの国内での活動や就労先は依然、制限されている。インターネットを通じて世界情勢と海外の生活を知っているこの世代が欧米諸国へ留学するのも当然で、彼らは自国の独特な体制に疑問を持ち始めている。政府側もこうした状況に危機感を覚えていることは確かだ。

国内の現実と若い世代の意識の隔たりを埋めるために強く求められているのは、若い世代がやる気や能力を存分に発揮出来る社会づくり。具体的には、グローバル化を促進することで国民生活の質を高め、満足度の高い社会を作ることだ。そこで、任命されたのがムハンマド皇太子。特権階級の王族を粛清したことでも注目されたが、地域内に広がる過激派の思想を排除し、穏健寄りのイスラムへの回帰を強調。他国との交流も盛んに行い注目されている。皇太子の自由で開放的な国づくりは、同世代の若者から熱い支持を得ており、人物としての人気も高い。だが、伝統を重んじるとともに宗教上の解釈を生活の基盤として、現状に固持しようとする長老や聖職者たちの存在も無視できない。なぜなら、この国では伝統的に、年長者や首長、長老を敬い、彼らの言うことは絶対であると教えられてきているからだ。

王族が治めてきたこの国の、思い切った自由と解放政策がもたらすのは国の活性化や現代化なのか、はたまた無秩序な混乱状態なのか。超保守派で、ある種の独裁政権を続けてきた大国サウジアラビアの動きと若き指導者の手腕を、中東地域のみならず世界中が注視している。(ジャーナリスト伊勢本ゆかり=共同通信特約)

共同通信 47ニュース 2018年6月26日配信分

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