「身体は一つしかないのに。そんなに洋服ばかり買ってどうするの?」。最近、家族から半ば呆れ気味で忠告されることが増えてきた。そう、自称「ファッションオタク」である筆者の趣味は洋服を買うこと。常夏のシンガポールに移住してきてから、そのペースに拍車がかかっている。 東南アジア・赤道直下に位置するシンガポール。最高気温の平均が31―32度、最低気温の平均も25度と、とにかく暑い。毎日かなり汗をかくので、洋服選びも洗濯機で洗えるものが大前提。街行く女性の装いも半袖や袖無しが中心で、手入れが簡単な素材を使ったカジュアルなアイテムが基本だ。女性の多くが「質の良いものを長く着る」というよりは「安いものを着倒す」と考えるせいだろう。街の市場には〝お手頃価格〟の婦人服が溢れている。そのため、つい安易に購入してしまい、気づいたらワードローブが「満員御礼」状態になっている筆者のような女性も少なくないのである。 そんな筆者を見兼ねてか、現地の友人が「スタイル・セオリーを利用してみたら?」とアドバイスをくれた。 有名ブランド婦人服の着放題サービス 「Style Theory(スタイル・セオリー)」とは、シンガポール初のサブスクリプション婦人服レンタルサービス。ちなみにサブスクリプションとは、商品を購入するのではなく、利用期間に応じて料金を支払うサービスで、定額の音楽サービスの「Spotify」や「Apple Music」などが代表格だ。入会手続き後、初月利用料が99シンガポール・ドル(約8000円)、2カ月目からは月額129シンガポール・ドル(約10400円)を支払うと、2万着以上の婦人服を回数無制限でレンタルできる。 利用法はとても簡単。ます、ウェブサイトにアクセスして好みのアイテムを選ぶ。一度に3着までレンタルが可能だ。選んだアイテムは、翌日の午後5時以降にシンガポール中心部のオーチャード・ロードなどにある店頭で受け取れるほか、自宅にも2営業日以内に届けてくれる。利用したアイテムを返却する際は、希望日に家まで引き取りに来てくれるだけでなく洗濯も不要だ。配送費とクリーニング代も月額利用料に含まれている。返却が完了すると、改めて3着を借りることができる。利用者にとっては至れり尽くせりのこのサービス。スタッフによると、会員一人あたりの月間レンタル数は平均して6~9着だという。 レンタル可能なアイテムは、スペインの「Massimo Dutti(マッシモ・ドゥッティ)」やアメリカの「Ralph Lauren(ラルフ・ローレン)」、フランスの「Suncoo(サンクー)」、オーストラリアの「Keepsake(キープセイク)」、イギリスの「Phase Eight (フェイズ・エイト)」など欧米系を中心とした世界各国の人気ブランドの新作が中心。各アイテムの定価は、約130シンガポール・ドル(約1万500円)〜500シンガポール・ドル(約4万350円)ほどなので、どれを選んでも月に1着借りただけで元が取れてしまう。しかも最新のファッション雑誌から、好きなものを選んで自由に着られる…。そんな夢のような体験が可能だ。
自分の悩みを解決しようと起業
「スタイル・セオリー」の創業者はシンガポール人女性のラエナ・リムさんとインドネシア人男性のクリス・ハリムさん。中学時代のクラスメイトで、共にカナダのブリティッシュ・コロンビア大学で学んだ旧知の仲だ。2016年、二人が28歳のときに個人投資家から得た約2万Sドル(約162万円)の資本で「スタイル・セオリー」を立ち上げた。 かつては筆者と同じく「ファッションオタク」だったというリムさん。「以前は買い物ばかりしていたわ。自分好みの洋服やアクセサリーを吟味して購入していたはずだったけど、ある日、自分のワードローブの8割は使っていないことに気付いたの」と話す。シンガポール初のサブスクリプション婦人服レンタルサービスは、まさに彼女自身の悩みを解決するために生まれたものと言えるだろう。 起業当初の会員数は約150人。取り扱うブランドも40で、アイテムも900ほどだった。それが現在では会員が約1000人、レンタル可能な洋服も100ブランドの2万点まで増加。それに伴い、スタッフも100名以上になるなどと急速に規模を拡大している。スタッフは特にデータ分析に力を入れており、色、素材、袖の長さなど、それぞれのアイテムあたり60以上の特徴をタグ付けし、一着ごとに各属性を付与した〝商品DNA〟を作成。これにユーザーの行動履歴を照らし合わせ、販促アクションとして顧客におすすめのアイテムを提案している。データはアイテムの仕入れにも役立てられているという。
さらに、17年11月からは、ハリムさんのホームグラウンドであるインドネシアでもサービスを開始した。シンガポールと同様の幅広い層に向けたラインナップに加えて、イスラム教徒が多いインドネシアならではの「ヒジャブ・コレクション」も展開。このコレクションでは、長袖やロングスカート、パンツなど肌の露出を控えたアイテムを揃えている。敬虔なイスラム教徒であるムスリム女性を顧客ターゲットにした、アジアでは珍しいサービスとして注目を集めている。 シンガポール特有のニーズに対応した新サービス シンガポールでは「スタイル・セオリー」以外にも、インドの「レヘンガ」に中国の「チャイナドレス」などエスニックドレスも揃う多国籍国家のシンガポールらしいサービスがある「Covetelle(コヴェテラ)」や、デリバリー料金込みの35シンガポール・ドル(約2800円)で1回あたり3着まで試着できるシステムが人気の「Style Lease(スタイル・リース)」など、独自のアイディアを売りにした婦人服レンタルサービスが増加中だ。 「スタイル・リース」も新たなビジネスとして冬物のアウターのレンタルをスタートさせた。一年を通し高温多湿のシンガポールでは、ダウンやウールのコートを着る機会はまず無い。しかし、旅行や出張で海外へ行く女性が近年増加していることで、ユーザーから冬物のニーズが高まったことを受けてサービスを開始したのだ。ユーザーの多くが数年に一度しか冬物を必要としないからこそ、ニーズが高いのであろう。 婦人服のレンタルサービスを使えば、最新ファッションの中から好きなものを着られて、かつ、自宅のクローゼットは常時すっきりと保てる。整理整頓や洗濯の必要もない。アイテムはウェブサイトで24時間チェックできるので、時間の節約できる。さらに無駄な買い物をしなくなるので支出を減らすことも可能で、古着のゴミも減らせるので地球環境にも優しい…。このようにメリットを上げればキリがない。合理的なシンガポール人女性にマッチしたこの仕組みは、今後さらに広がっていくことだろう。 さて、筆者もサービスの利用を真剣に検討するとしよう。(シンガポール在住ジャーナリスト田嶋麻里江=共同通信特約)