中国や韓国、台湾などを初めとするアジア圏の国々では毎年2月ごろになると「旧正月」の連休に入る。中国での呼び名である「春節」は日本でもよく知られているだろう。今年は2月5日が旧正月における「元旦」にあたり、日本でも中国や韓国からの観光客がこぞって来日している様子がニュースなどで伝えられていた。
この「旧正月」。韓国では「ソルラル」と呼ぶ。「ソルラル」に加えて秋には「旧盆」にあたる「秋夕(チュソク)」もあり、これらの行事は併せて「名節(ミョンチョル)」と呼ばれている。家族が一同に集い先祖をまつる「チェサ」という祭祀(さいし)を執り行い健康と繁栄を願い喜び合う「慶事」とされているが、最近では風向きが大きく変わってきている。
▼高まる不満
本来、「名節」は「国民的行事」として位置づけられている。ところが、近年は「名節」がもたらす負担による弊害を訴えたり、規模の「縮小化」を求める声が大きくなってきている。特に「チェサ」においてより重い負担を強いられる女性たちや親族からの干渉を嫌う独身の若者たちからは「名節」のあり方そのものに対する不満の声が顕著となっている。
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「義実家への帰省」をできるだけ敬遠したい―。日本でも少なくない女性が抱くであろうこの思いは韓国でも同じ。「名節」は多くの韓国に住む女性にとって何とも気が重い、憂鬱(ゆううつ)な行事なのである。それゆえ、30~50代の主婦たちからは「名節前後には夫婦けんかが起こりやすい」や「決まって体調を崩す」などといった声がよく聞かれる。
独身の若者たちにとっても、「名節」で実家に帰省することは心躍る楽しいものではなくなっている。実家に帰ると心が安らぎそうなものだが、現実はまるで逆。両親や親戚から「就職」や「結婚」など個人的なことを根掘り葉掘り聞かれるだけでなく、説教をされることもままあるため、苦痛を感じるというのだ。中には「就活準備」や「試験勉強」、「仕事」などといったもっともらしい理由をつけて、この時期の帰省を避けるケースも珍しくないとされる。
一方、さまざまな事情からひっそりと「名節」を過ごす高齢者の姿がメディアが取り上げられることもしばしば。伝統を重んじる立場にある高齢者にとっても「名節」は一概に「慶事」とは言い難くなっているということなのだろう。
▼フードロスも
また、「ソルラル」と言えば大量の料理や果物を準備して供えるものとして知られるが、この風習についても簡素化を求める声が聞かれるようになっている。
「チェサ」に供えられる料理は各家庭や地方によって内容や味付けが異なるものの、その数は果物5種類前後の他、ナムルや天ぷら、チヂミ、焼き魚や肉の煮付け、餅菓子など20数種類にも及ぶ。
これほど多くの料理を準備するだけでも相当な労力なのだが、経済的な負担も大きいのだから頭が痛い。事実、「チェサ」を行う旧盆の「チュソク」や「ソルナル」の前には青果を初めとする食料品の価格が決まって高騰する。
全ての食材をスーパーや市場で買いそろえて、家で調理すると60万~80万ウォン(日本円で、約5万8000円~7万8000円)もの費用を要する。これに対して、「チェサ」用の料理を専門に製造販売する業者などに注文すれば20万~30万ウォン(約1万9000~2万9000円)で済む。かなり費用を抑えることができるのだ。近年ではこうした業者を利用する家庭も増えつつある。
とはいえ、「チェサ」のために準備した大量の料理はもったいないことにその多くを廃棄してしまうことになる。「チェサ」の終了後も含め、どんなに頑張ったとしも、食べきれないからだ。このような「フードロス」問題も「チェサの簡素化」を求める声につながっていると考えられる。
▼変化が必要
「名節」の各行事は、家族や親族が多く集うことを前提として受け継がれてきた。しかしながら、現状からはこのような伝統的な行事を維持していくこと自体が困難になりつつあるという印象を受ける。
その原因としては、次のことが挙げられるのではないか。韓国は日本以上に「晩婚、非婚化」によって「少子高齢化」が進んでいる。それゆえ、伝統行事の負担を主体である「家族」が支えきれなくなっているからだ、と。1960年代の朴正熙政権時代には「名節を祝日から除外する」という動きが出たものの、国民の反対によって実現しなかった逸話がある。韓国の国民にとって、それほどまでに重要と考えられてきた「名節」だが、現在は過渡期にあるといえる。維持、継続していくためには、「簡素化」を始めとする変化を受け入れる柔軟さが必要だろう。(釜山在住ジャーナリスト・原美和子=共同通信特約)