いま話題のギリシア出身の指揮者テ オドール・クルレンツィス。ロシアの サンクトペテルブルクでイリヤ・ム ーシンやユーリ・テミルカーノフに 学び、ノヴォシビルスク国立歌劇場 を経て、現在はペルミ国立オペラ・バ レエ劇場の芸術監督を務める。アン サンブル・ムジカエテルナおよびム ジカエテルナ室内合唱団を創設した ことでも知られるクルレンツィスを ペルミに訪ねた。
ペルミを音楽の首都に
ロシアのペルミで開催される第 回デ ィアギレフ・フェスティヴァルも中盤に 差しかかった6月 日、突然降り出した雨に、雫を滴らせてオルガンホールの応 接間に現れたテオドール・クルレンツィスは、ふだん発散しているオーラをお行 儀良く仕舞ったような素顔で、穏やかに 歓迎してくれた。
中(以下N) ここペルミから、とてつも なく大きな新潮流の波が世界をのみ込んでいくようなエネルギーを感じますが、 これが5年前にペルミ・オペラ劇場と契 約した時にやりたかったことなのですね。
クルレンツィス(以下C) 音楽に大切な のは「今、生きている」音楽として生か してあげることなのです。過去に生まれ た音楽を、その後の時代の影響をふまえ、発展させたものとして演奏することによって、現代に再現されることの 意義を与えられるのです。大切なのは、常にリノヴェイション していくことです。実は音楽界 には真実が少ないのです。言っていることとやっていることが 違うような、真実を含まない音 楽は聴衆には伝わってしまい、つまらないものになってしまい ます。そのような音楽界を改革 するには、古い体制を破壊しな ければなりません。しかし、ペルミには既存のシステムがなか ったので、破壊せずに求めてい た方向で音楽をつくっていくこ とが出来ました。
N 5年の契約を、さらに5年延ばすサインをしたばかりです が、次の5年は何を目標にしていますか。 C 改革の基盤は、この5年で でき上がったので、次の5年は 質をより高めていくことです。現在の音 楽界には、僕のような考えを持っている 音楽家が意外に多くいます。彼らをペルミに招いて、どんどん改革を進め、ペルミを音楽の首都にしたいと思っていま す。このアイディアは日本にも有効だと 思います。東京、大阪に集中するのでは なく、無名の町を音楽によって興していくのです。信念とヴァイタリティを持った、しかるべき人間を立てて・・・。 西洋は もう「過去を展示する美術館」のように存在するのみで、これからはアジアです。 日本には素晴らしいホールがあり、優れ た演奏家、オーケストラも存在します。 でも、西洋の真似をしていてはダメです。独自の文化に根を下ろした独自の音楽を 創り出していかなければなりません。
可能性に賭ける自由さが必要
N 今回のヴェルディ《椿姫》もやはり斬新ながら自然なアプローチのヴェルデ ィで、ロックのようなビートが感じられ る部分すらありましたが、ハリウッド・ スターのポートレートも撮るウィリアム・ ウィルソンの演出に合わせたのですか。
C 以前彼が僕の家に来た時、メシアン の曲を聴かせてイメージを語ってもらい ました。その時に、彼の表現が僕の求め ている音楽と合うことがわかったので、協働することにしました。僕の現時点で の《椿姫》の演奏は、別の演出家だった としてもこのアプローチです。
N 同じく、今回のアルフレードにしても、チューリヒ歌劇場での、ヴェルディ 《マクベス》でマルコムを歌っていたアイ ラム・ヘルナンデスを急遽スカウトした そうですね。確かにゴージャスなマルコ ムでしたが、そのような冒険とも言える 選択をする際に、成功するという自信はどこからくるのですか。
C 自信というより、可能性に賭ける自 由さが必要なのではないでしょうか。人 生はドラマ・ジョコーゾ(おどけたドラ マ)です。僕はこれからここでリハーサ ルがありますが、あなたと空港に行って、 オーストラリアに飛び、そこでインタヴ ューを続けるという選択肢もある。時差 はあるかもしれないけれど、そこでは冷 えたドリンクを楽しめるとか、そういう 可能性にフレキシブルでいたい。
音楽はミッション
N フェスティヴァル期間中もご自身の コンサートやリハーサルの他、複数のコ ンサートやフェスティヴァルのイメージ 香水のプレゼンテーション・イヴェントにも顔を出し、それ以外にこうやってイ ンタヴューを受けたり、次の企画を練ったりと、そのエネルギーはどこから来るのですか。
C 愛からです。僕は音楽を愛しているし、人を愛したら、飽きることなくエネルギーを注ぐでしょ。ロックはエネルギ ーがあるし、エネルギーがなくなると「クラシック」になっちゃうから(笑)。ちなみにユーモアは大切です。ユーモアのない人間は決して信用してはなりません(笑)
N 「音楽はミッションだ」と仰いますが、 何を達成するためのミッションですか。
C 二つのポイントがあります。一つは 僕の音楽によって聴衆を幸せにするこ と。もう一つは、それによって皆さんが より良い人間になること、そして、自分 をより良く知れるように、自分自身と対 話する機会を与えられることです。
N「より良い人間」というのは、他人に優しく出来るようになる、などの意味で すか。
C 周りの人により良く接するようにな ること、それは、たとえば、まずはあな たの夫に優しくすること、一人ひとりが 周りにより良く接することが、世界を変 えていく力になります。
N それは今の残酷な世界状況も示唆し ていますか。
C キリストは「敵を兄弟のように愛せ」 と言っています。実行は難しいですが、 この世は次の世への筋力トレーニングの ようなものです。
N 貴方との度重なる共演で、東方正教会の洗礼を受けた歌手もいますね。それも「ミッション」ですか。
C 神に近付く道を切り開くのは、どの ような道程にしても有効なことです。僕の音楽がその助けになれば光栄です。
クルレンツィスは自分を「詩人」と何 度も定義していた。ダイレクトな問答を かわす思考回路は詩人的かもしれない が、哲学者と話しているような錯覚を与 えるのはギリシアの遺伝子だろうか 。
『音楽の友』( 9月号グラビア/p46-47)