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  • 佐渡 多真子

「夫の姓に」海外で苦労


中国では、結婚後も夫婦がそれぞれの姓を名乗る「夫婦別姓制度」をとっている。

以前、中国の働く女性を100人ほど撮影したことがある。この作品展をきっかけに、私は日本と中国の女性の違いについて、中国のいくつかのメディアから取材を受けた。

日本の法律では結婚後、夫婦はどちらの姓を名乗ってもいいが、どちらかを選ばねばならず、95%以上が夫の姓を選ぶことを話した。中国人記者たちは「親にもらった名前は個人のアイデンティティーで、一生自分のもの。それを婚姻で変えるなんて信じられない」とみな驚いていた。

中国紙・北京青年報の記者は「法律的にはどちらを選んでもいいことにはなっているが、ほとんどの場合、日本女性は結婚後、自らの姓を『捨てる』」と記事で書いた。

私は「中国の夫婦別姓にも不便はあるのでは」と彼らに質問してみた。だが、中国では、姓によって家族の絆が育まれるという概念がそもそもないため、「別姓による不便」という質問自体の意味すら理解できないようだった。

当時独身だった私は、彼らとそれ以上の意見交換をすることはなかった。だが、今から1年半ほど前に入籍し、今、北京の暮らしの中で姓が変わったことの不便さに直面している。

日本の法律では夫婦別姓が認められていないため、特にこだわりもなく、夫の姓にした。だが気づけば、北京で開いた銀行口座はパスポートを身分証明として登録しているため、結婚によって改名したパスポートでは窓口扱いができなくなる。会社関係の登記書類も、全ての機関で名前変更をしなくてはならず、新規で登記するのと同じくらいの労力がかかる。出張時の飛行機や鉄道、ホテルの宿泊の手配も現地スタッフが代行してくれる場合、混乱が生じる。

半年ほど前、最高裁大法廷は夫婦別姓を認めない民法の規定を「合憲」と判断した。その理由として、通称使用が社会的に広まっていることが挙げられていたが、海外に暮らしていると、パスポート表記と違う通称使用は意味をなさない。

中国での就業ビザ申請には、とても手間がかかる。すでに取得したビザを無効にしないため、ビザ更新時に便宜上、離婚手続きをしたという知り合いもいる。私も、諸手続きの煩雑さに疲弊し、いったん離婚手続きをして旧姓でパスポートを取得しようかと考えることもあるが、せっかく結婚した人と事務手続きのために離婚するというのには違和感があって、踏み切れない。

最高裁は、民法では夫婦どちらの姓を名乗ってもいいので、男女不平等にはあたらないという見解だそうだ。だが、男性が女性の姓を選ぶとしても、女性から男性へと煩わしさが移行するだけで、海外で暮らす身の不便に変わりはない。

夫婦別姓を認めると、家族の絆が損なわれるという議論がある。だが、諸外国では別姓が多く、中国でも、夫婦別姓ゆえに家族の絆が損なわれているという議論は当てはまらないだろう。国連の女性差別撤廃委員会が夫婦別姓や再婚禁止期間をめぐる民法規定について、日本政府に改正を勧告したとも聞く。

日本の伝統や習慣を守っていくことの意義もあると思う。しかし、現在の日本の婚姻制度をグローバル化した世の中から見ると、もう少し、フレキシブルな対応があっていいのではないか。海外の暮らしの中で今、強く感じている。

『読売新聞(国際・衛星版)リレーエッセー』 (2016年6月8日掲載)


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