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  • 栗田 路子

ベルギー頼り② ワークライフバランスの達人 ベルギーに学ぶ


EUが作成したWLB啓発ビデオより © European Union 2017

不便を許容する社会

「働き方改革」が本格審議されるはずだった臨時国会。ベルギーから注視していたが解散、総選挙となった。

欧州なら暴動が起こりそうな話だ。なぜなら、誰もが「働く者目線」に立つ社会では、「働き方」、つまり働きながらどう生きられるか(ワークライフバランス=WLB)は最も注目されることの一つだからだ。特に、労働者の権利や連帯の意識がしっかり根づいてきたフランスやベルギーの市民社会では、長い議論や闘争の末に、日本とは異次元の、多様でゆとりある「仕事と私生活を両立する生き方」が可能になってきている。

渡欧して間もないころは、日曜日に店が休みで買い物できないこと、家電製品が壊れても修理の人がなかなか来てくれないこと、電車やバスが遅れがちでストが多いことなどにいちいちイライラし、「日本なら…」と文句を言ったものだった。だが、現地のベルギー人はあきれ顔。

「みんな生活抱えて働いてるんだから、そんなにいやなら日本へ帰れば?」

確かに…。日曜日が休みなら工夫して買い物をすればいいし、商品や修理の人が多少遅れても、死活問題でないことの方が多い。

「日曜にお母さんやお父さんと一緒に過ごせる子供たちを増やしてあげられるなら、その方がいいじゃない?」

そう言われて、はっとした。日本人の私は、「消費者としての権利」ばかりを振りかざし、過剰な便利さや正確さを要求しすぎていたのではないか。「消費者」としての私は、幅広い商品を、できるだけ安く、いつでも欲しいときに手に入れたいとわがままだ。

でも、「働く生活者」としての私なら、新製品がなくても、激安のドラッグストアや24時間営業のコンビニがなくても、ストで通勤に苦労しても、「みんなそれぞれ生活かかってるんだから」と我慢できる。

筆者が育った頃の日本は高度成長期真っ只中。国民の80%近くが「自分は中の上」と感じ、より便利に、より安く、より多く消費することが美徳の時代だった。だから、いち早く高齢化が進み、経済停滞に陥った欧州を冷ややかに見ていたものだ。

だが、子供の6~7人に1人が貧困というほど格差社会が進行してしまった今の日本で、いつまでも「消費者」としての顔だけで生きていられるはずはない。より多くの人が「働く生活者」としての自分を意識すれば、ワークライフバランスは飛躍的に改善されるように思う。消費者としての顔の裏側には、働きながら、家族に子供や高齢者や障がい者がいても、勉強や趣味やスポーツを楽しみたい生活者としての自分がいるはずなのだから。

EU、進むWLB

EU(欧州連合)といっても、28ヵ国もあれば社会事情はさまざまだ。キリスト教的な相互扶助意識の高い国、アメリカ的な市場経済主義の国、労働者の連帯が強い国もある。伝統的な良妻賢母家族像が根強い南欧と、マッチョな男性志向のゲルマン諸国よりも、「誰が稼ぎ手だってかまわない」とさばけたオランダや北欧、フェミニズムで女性の社会進出を応援するフランスやベルギーの方が、結果的にワークライフバランスが浸透しやすいとも言われる。

そんなEUで、ワークライフバランスへの取り組みは、まずは労働時間や条件整備に始まり、次第に「男女均等」や「持続可能な発展」へ、また「数から質へ」とシフトしてきた。今日では、少子高齢化・ジェンダーバランスばかりでなく、社会保障、失業問題、経済活性化、教育など、多くの政策分野に関わる包括的なテーマとして取り組まれている。

根底にあるのは「育児や介護などの家庭責任は分担し、仕事と私生活のバランスをとらなければ個人は疲弊し、社会は持ちこたえられない」との共通認識だ。EUとしては、長期的な方向性を示して大きな枠組みを規定する。加盟各国はその枠組みの中で、それぞれの事情や目標に沿った政策を施行する。人が自由に移動できるEU圏では、優れたワークライフバランスを実践できる国があれば、みんな移住してしまうかもしれない。

欧州委員会は4月、「欧州における社会権」の柱として、これまでの育児・介護関連法にとって代わる「ワークライフバランス指令」法案を発表し、各加盟国での意見聴取が開始された。

出産前後の休み以外に、子ども1人につき各親に最低4ヵ月の休業が保障されるのは以前と同じだが、期限は子供が12歳になるまでに延長され、時短勤務、自宅勤務、ライフステージに合わせた部分休業などのフレキシブルな働き方も可能にしなければならない。子供が生まれる前後の父親休暇(10日)や、介護休暇(年5日)も保障し、法定傷病手当相当額以上の支給を義務付ける。自営業者や非正規社員への適用についても積極的に検討されている。

豊かさ謳歌、ベルギー人

さて、筆者の住むベルギーではどうだろう。「休暇のために働く」と悪名高きベルギー人については前号でも触れた通りだが、同時に「子ども好きで家庭が一番」という国民性でもある。有給休暇は法定20日(フルタイム勤務の場合)と祝祭日10日だが、まず間違いなく100%消化する。加えてさまざまな休暇・休業制度を駆使し、仕事と家庭の両立にひたすら励む姿は「ワークライフバランスの達人」とでも呼びたくなる。

ベルギーでは、祝祭日はキリスト教の移動休日が入るので毎年変動するのだが、学校(公私立問わず全ての幼稚園~高校)の休みカレンダーは全国統一で、数年先まで公表されている。長期休みの調整は、それぞれの家庭の都合を鑑みて、職場で公然と1年も前から進められる。待ちに待ったその日、どんなに仕事が溢れていても、休暇は休暇。同僚は、お互いさまなので、「ボンバカンス(良い休暇を)」と送り出してくれる。

欧州の中でも、ここベルギーでは女性の就業率が高い。週4日勤務やワークシェアリングなどの変則勤務を選択しているのは、従来は女性が圧倒的だった。学校の先生や看護師では、一つのポストを2人でシェアしている人が当たり前のようにいる。子供の新学期に「2人の担任が曜日で入れ替わります」と言われて、驚いたのは筆者だけだった。シェアする理由は「子供のための時間を多めにとりたい」というのがほとんど。介護では、末期ケアなど限定的な期間を除けば、平日の日中は専門職や福祉施設が、夜や週末は家族が担うという分担が標準。重度の障がい者や高齢者の介護を家人中心で担っている話は聞いたことがない。 

最近では、環境配慮や生涯教育推進も加わって、独身者や子どものいない人でも、自宅勤務や時短勤務、週4日勤務など変則的に働く人が驚くほど増えた。携帯電話やネット会議の普及で、担当者がどこにいるかなんてどうでもいいことだからだ。

彼らは渋滞緩和や省エネに貢献し、確保した時間と元気で、勉強したり、スポーツやボランティア活動に打ち込んだりと生き生きしている。慢性睡眠不足で疲れ切った社会人に出逢うことがない。

40年ほどの就労期間には、さまざまなステージがやってくる。子育てに時間や体力がとられる間は勤務を軽めにして、子どもが成人したらバッチリ働くのもいい。長く働いた後の50代は、高齢の親や小さな孫との時間を多めにとるのもいい。今は仕事と子育てに奮戦中の30代の知人は、子どもが中学に入ったら大学に戻るのだという。

人生で3度大学に入れる社会が理想との説を聞いたことがある。ふと気づくと、筆者は3回大学で学んでいる。受験も授業料もなければ、それも夢ではないのだ。

月刊「ひろばユニオン」(労働問題の専門誌)11月号掲載


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