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  • 今井 佐緒里

トマ・ピケティらが提唱する「ユーロ圏の経済議会」構想


Thomas Piketty, painted portrait ©thierry ehrmann

「ユーロ圏の経済議会構想」というプロジェクト聞いたことがあるだろうか。

経済学者のトマ・ピケティは、ここ数年、あらゆる機会にかこつけてこの構想の実現を訴えている。繰り返されるユーロ危機。もっとも記憶に新しいのは、2015年のギリシャのデフォルト危機・ユーロ圏離脱の危機だろう。ユーロ圏は構造的な欠陥をもっている。なんとか解決法をみつけなければいけない。その解決方法の一つが、ピケティが唱える「ユーロ圏経済議会構想」である。

また、政治のレベルでは、メルケル独首相やオランド仏大統領などが提唱する「ユーロ圏のヨーロッパ経済政府」というものもある。

これらはどういうビジョンで、どういう背景でうまれたのだろうか。

ピケティらフランスの識者が発表したマニフェスト

ピケティは前述のユーロ危機の際、ル・モンド紙のインタビューで以下のように語っている。

「IMFは、決して借金を帳消しにしないのを慣習としている」

「IMFは常に保守主義者だ。柔軟になったと言い張り、より社会的なヴィジョンをもち、より経済のレアリストであると言い張るが、根本で常に教条的だ」

さらには、「IMFをラインの外に出すことから始めなければならない。ヨーロッパ人で問題を解決しなければならないのだ」「欧州がギリシャのIMFへの借金を一部負担しなければならないだろう。支払うのは我々ヨーロッパ人だ」。

そして次にしなければならないこととして、「欧州の借金全体を立て直すために、ユーロ圏参加国で会議を開く。第二次世界大戦の後の会議のように。ギリシャの借金だけではなく、ポルトガルもイタリアのものも同様だ。そして、分配の手がかりをみつけることだ」という。

このように現実への対処をしたうえで、今後新たな問題を繰り返さないようにするために「新しい民主的な政治機構を創設しなければならない」というのがピケティの考えだ。これが「ユーロ圏議会」構想である。

この構想は、ピケティの独創ではない。発端となる構想は、2011年のギリシャ危機の時に、ドイツ人によって提唱された。ドイツでの構想の発展を受けて、2014年になると、ピケティや彼の先輩格にあたる政治学者のピエール・ロザンヴァロンら15人の識者が、フランスで「ユーロの政治連合のためのマニフェスト」を発表した。

この構想に描かれているのは、「各国議会の代議士の一部を集めて新しいユーロ圏の議会をつくる」というものだ。代表者の比率は、人口に従って、たとえばフランス人30人、ドイツ人40人、イタリア人30人のようにするという。

一国においては、議会が歳出と歳入、課税の権利を持っている。共通通貨があるならば、共通政府を持つのも、自然な論理である。今のユーロ圏の財政政策は、各国首脳と財相の会合が決めているのが現状だ。ピケティが「とても不透明」と批判するように、民主的ではないのは確かである。

彼は言う。「この議会で、負債整理の周期、公共財政赤字や公共投資の共通のレベルを決める。極めて当たり前のことだ。共通の通貨をもつのなら、これらのことは共同で民主的な方法でやるべきなのだ。この結果、緊縮財政を避けながら予算の規律をもたらすことができる」

税制と社会の正義が実現する一つの欧州へ

一方で、政治家による「(ユーロ圏の)ヨーロッパ経済政府」という構想もある。

2011年の最初のギリシャ危機のとき、メルケル首相とサルコジ仏大統領(当時)が言及したものだ。次に2013年にオランド仏大統領とメルケル独首相が共同で提案、さらに、オランド大統領は2015年7月14日、革命記念日(パリ祭)に放送される定例インタビューの中でも述べている。

欧州連合の政治経済を知る者にとっては「またか」という感じであった。「政府を創設」といっても、必要性を訴えただけで、具体的構想案は極めて乏しい。常設で専任の長を置く、会合の頻度を増やすといった程度のもので、常に掛け声倒れなのである。

そのために、オランド大統領による革命記念日の定例インタビューののち、ル・モンド紙は開口一番「まるで、伝説の大ウミヘビのようだ」とため息をついた。つまり、いかにもスゴそうなものが現れたと驚かせるものの、あっさり消え、何事もなかったかのように日常に戻ることの繰り返しという意味だ。

政治レベルでこの構想がちっとも進まない理由は単純だ。このような議会、政府をつくり、欧州連合が連邦制のような形になればなるほど、各国の国家主権がそがれるからだ。

しかし、ユーロに関して、断続的に起こる危機や、仏独や南北の対立を解決するような政治手段をもつことは必要だと、誰もが感じている。最初のギリシャ・ユーロ危機からはや6年、学者やジャーナリストらによって着実に議論は進み、構想は練られてきた。支持者は、欧州連合の中で国の別なく連帯し、賛同する政治家の数も少しずつ増えてきている。2014年5月にはこの構想についてフランス国民議会(衆議院に相当)で討論会が開かれ、ピケティも招かれている。

欧州連合を連邦制に近づけることは、左派の思想である。

平等を目指して国籍を超えて連帯すること、国の枠組み以上に市民の権利を重視すること。これは20世紀には世界市民の思想であったかもしれないが、21世紀のいま欧州には、理想を欧州連合という枠組で実現しようとしている大きな勢力と潮流がある。そもそも欧州連合そのものが、左派の思想から生まれているものといっても過言ではない。日本では冷戦の崩壊とともに左派政党や左派思想が壊滅的な状態になってしまい、右傾化がはなはだしくなっているので、特に若い日本人には理解しにくいかもしれない。

ピケティは経済学者だが、背景にはこの政治思想があると思う。彼は言う。もしユーロ圏議会ができたら、「欧州議会と同じように、国のロジックによる投票はあるだろうが、会派による投票もあるだろう。フランス社会党はドイツ社会民主党と一致協力して投票する機会が増えるだろう」「一つの欧州、それは税制と社会の正義と同義であり、競争にのみ基づいているのではない。そんな欧州が人々に愛されることは可能である」。

欧州連合が正式に始動してから、まだ10年も経っていない。ユーロ通貨の誕生も、たった15年前のことにすぎない。今の欧州の姿を15年前に想像できなかったように、15年後の姿もまた、予測がつかない。ユーロ圏議会が実現して、米ドルを上回る世界最強の通貨になっているかもしれない。

今まで日本には、主にイギリスの英語メディアを通じて欧州連合の情報が入ってきていた。そのために欧州連合に対するネガティブな情報ばかりが入ってきて、まるで今にも崩壊せんばかりの歪んだイメージがはびこってしまった。日本の英語一辺倒の教育の弊害がこれほどあらわになっているジャンルはないだろう。しかし、欧州連合の建設は、2歩下がっても3歩進んでいるのである。

欧州連合の動きにまったく疎い日本人は、アメリカやロシアの動向にも気付くのが遅くなってしまうと感じている。日本の行く末が心配でたまらない。(了)

Ronza掲載原稿を一部改稿


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