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中 東生:トーマス・ハンプソン(Br)

更新日:2020年12月4日


 <写真:トーマス・ハンプソン©︎Classical:NEXT


レパートリーオペラでの名声に安住することなく、現代オペラにも精力的に出演し続けるトーマス・ハンプソン。コロナ禍でもポジティヴに、クラシック音楽を守るために奔走する、そのパワーの秘密を探るべくスイスの自宅を訪問した。

〈半生〉


 私はアメリカの小さな町に生まれ、父は原発の技師でした。音楽的素養を持っている母は90歳で健在です。歌やピアノが上手い姉が2人いて、私も8歳からピアノを習いましたが、先生に恵まれず、「ピアノの代わりに野球をやった方がいい」と父を説得してやめてしまいました。教会の聖歌隊ではずっと歌っていましたが、当時は歌手になるという選択肢すら思い浮かびませんでした。

 政治学を学んでいた19歳の頃、音楽への愛情に気付きました。ロッテ・レーマンの弟子だった先生が、私の声や音楽性に注目してくれたのです。彼女がドイツリートから詩や文学、歴史や心理学まで学ぶ動機をくれました。合唱で出演するまでオペラは未知の世界でした。オペラに適した大きな声ではなくても、良い響きを持ち、音楽性や勘もありました。教会音楽からフランク・シナトラまで、何を歌うにしても、その裏にあるドラマを表現したいと思っています。

〈演じること〉


 演じる時は、その人物はどんな本を読んで、どんな教育を受けて、どんな家族の中で育ったか等まで想像します。例えばスカルピアは人間洞察に優れた頭のきれる人間で、それが彼の危険人物たる所以です。全ての事柄より3歩先に進んでいて、モラルのかけらもなく、人を狩って操り、消す事に喜びを感じます。トスカには性的な感情も持っていますが、それでも彼女を寝取ることより、権力をもって支配することの方が重要なのです。カヴァアドッシは彼にとって無で、トスカ狩りの道具でしかないのです。《トスカ》2幕の音楽的構成はプッチーニの天才性を証明するもので、音楽が畳み掛け、トスカの感情を昂らせますが、スカルピアは涼しい顔をしているのです。そのようにスカルピアが危険に描かれていればいるほど、スカルピア暗殺が英雄的に映るのです。


 これまでのステレオタイプで2次元的なスカルピアには飽きていたので、チューリヒ歌劇場でのロバート・カーセン演出は新鮮でした。サンティから学んだ事も多くありました。


「ここはリズムを忘れていい」とか、「全ての音を正確に学ぶのは大切だが、このような緊迫したドラマでは一定の自由が必要で、歌詞の中身がダイレクトに伝わることの方が重要だ」といったことです。


 悪役を演じる時はカーテンコールで拍手が少ないと成功している証拠です!嫌な役を演じるためには、家庭が大切です。自分が帰る場所がないと、悪役に成りきれずも、精神病になりそうです(笑)。


 次の初役はドン・アルフォンゾで、グリエルモが歳を取ったらこうなるだろうというこの役を、今の歳で演じられるのがとても楽しみです。

〈音楽とは〉


 私にとって音楽は人間の日記のように思えます。文化は様々な言語で書かれた人類の履歴書です。色々な時代の人間について学ぶのは楽しく、それを音楽という言語で表現できるのは、なんて恵まれているのでしょう。その事に常に感謝し、絶えない興味や好奇心を感じています。私も暗くなったり、意地悪になったり、恐ろしく怠け者になったりしますが、活動的でいることが好きなのです。人生は冒険だと思います。興味、知的欲求、才能、責任、それらの相関性を理解して、人に伝え、より良く生きられるように誰かを助けることが出来ると、充実感、幸福感が得られます。それは素晴らしいことで、そこからまた私も何かを学ぶ事ができます。  


 人に教える時、親切でいたいものです。今まで、サヴァリッシュやサンティ、バーンスタインやアーノンクールから学んだことですが、本当に才能のある偉大な人間は、その知識に満たない人間にも優しく、手を差し伸べるのです。レベル的に見て、これが最後の共演になるだろうと思う相手にさえも、ネガティヴにならず親切で、最善を尽くす姿を見て来ました。 


 彼らと学べてここまで成長できた事に永遠に感謝し、それを後進に還元したいと思っています。現在20人ほどの若者に、音楽を通して色々な事を教えていますが、彼らにとって私との出会いがポジティヴで切磋琢磨の源であって欲しいです。


 現在、ストリーミングの世界で歌を披露するチャンスを作るために、IDAGIOの設立に関わっています。これはデジタル図書館で、デジタルコンサートホールや学びの場もあります。 www.globalconcerthall.com. 今回のコロナ禍はデジタルの必要性に気付かせてくれました。生演奏に代わるものではなく、生演奏を補完するものとして捉えています。世界はこれからも最低6〜8ヶ月はデジタルを必要とするでしょう。これを機に、新しい聴衆も掴みたいです。世界中で経済再生が叫ばれていますが、芸術再生は誰も叫んでくれません。だから私が叫ぶのです。


音楽の友 2020年8月号掲載






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